県北部

2024年1月 6日 (土)

郡山 反時計回り ③

 彼とは、あいさつをかわしてそのまま下りていきます。まもなくルートは、大きく右へ。そのまま、道なりに。やがて、あのヘアピンカーDscf6357ブの道との合流点。ちょっと、思いこんどった道とは違うような気がするけど、ま、とにかく、下山道。そのまま歩を進めていくと、杖の貸し出し場所。今日は迷うことなく、ここに返すことができました。

 歴史民俗博物館を右に見ながら、県道へ。そして、ローソンに寄って買い物。何となく見覚えのある女性店員。この前、エディカードを忘れそうになったのを指摘してもらったことを言うと、やっぱり。彼女も覚えとったらしい。ほんのちょっとだけ、嬉しい気分で、クリスタルアージョに戻ったのは、12時51分。大きな道迷いせんかった分、この前より17分早いの。

 しかも、次のバスは、同じ13時42分発じゃから、余裕か。ゆったりと、温湿計をチェックしたりハイキングバージョンを解除したり、さDscf6362らに山歩きデータの書き出しも。バス時刻直近になったので、所要を済ませてバス停に出ます。すると、4~5人の待ち人。空いとったベンチに腰掛けると、隣の年配女性が話しかけてきました。

 何やら、ご主人の介護で大ごとなんじゃとのこと。その話を聞きながら、他人事じゃないと、真剣に受け答えします。じゃが、話しかけてきた彼女はそれほどでもない。誰かに言いたかっただけなんか…。バスに乗り込むと、すぐ次のバス停で、こちらに見向きもせず降りていきました。ま、それ以上話を聞いたからといって、何か助けられる分けでもなし。

 そんなもんじゃろ。それからは、山歩きデータの書き出しに専念。緑井に入るころには、何とか書き終えることができました。但し、揺れDscf6364るバス内での文字は、後から判読するのに難儀。自ら書いたので、大半は前後の言葉やそのときの状況を思い出して、何とかすることになりはしますが、手を尽くしても解読不能なフレーズがいくつか…。

♑ :(了)

2024年1月 5日 (金)

郡山 反時計回り ②

 あのときは幸いなことに、この通りの民家の女性に教えてもらって、無駄な労力を使わんで済んだんじゃ。そのあたりに目をやってみるDscf6325けど、その人は見当たらんかったの。まぁ、この前がたまたまじゃったんじゃ。それにしても前回、往路ではここを曲がらんかったような気分。じゃが、上っていくと、毛利隆元の墓。そういえば確か、この前もあったのぉ。勘違いか…。

 城跡絵地図をチェックすると、ここを曲がることになっとるで。すぐ右の石段か、それとも、ひとつ奥の坂からか。ここは、思い切って奥から上ったけど、結局、ひとつの道に合流。進んでいくと「常栄寺跡」という広場あたりから、広い道に。いったん下りて、再び上ります。この先にようやくあった、毛利家紋の展望台。この交差を、ようよう確認しておきます。

 この前はここを下りて、清神社に出てしもうたんじゃ。そんなことを思いつつ今日は、展望台には上らずに進みます。結構な急坂。しばDscf6333らく上ると、「本城」への分岐に至りますが、本命は山歩き。山城めぐりに来たんじゃないんじゃと、ここも計画どおりパス。そこからも、急な坂を上っていきます。そしてやうやう、展望スポットへの上り分岐。

 ここを進んで、「勢溜の壇」。長い尾根すじに沿って、まっすぐ西南へと足を延ばします。ちょっとした段差がふたつほどありますが、ほぼトラバース。やがて、尾根の切れ落ちにたどり着いてみると、男性ハイカーの姿。あいさつの声を掛けます。すると何と、千葉から来たとのこと。この前、岐阜から来た城山ガールに出会ったことを伝えます。

 明日、呉の大和ミュージアムに行ってみるとのこと。山城との関係が、よう分からんの。「戦い」好きなんかの?。彼は早々に、足を踏Dscf6339み出したので、ま、「気を付けて」と送り出します。この寒い時季に、わざわざ千葉からかぁと思いつつ…。ここで、昼メシに。気温16.9℃、湿度31%。風がないので、ゆったりとオムスビとユデ卵をたべます。

 さて今日は、後半の出発時刻も、きちんとチェックして行くぞ。これからまだ、山頂までの上り坂があるんじゃと気を引き締めて…。まもなく、林の中の二の丸から山頂の本丸。ピーク標示をチェックして、下山にかかります。広い平坦地に、ちょっとばかりルートを外してしまいつつも、素早く軌道修正。

 しばし、丸太階段。急なところもあったけど、やがてユル坂。第一古墳とか、第二古墳とかの標示を歩き過ぎると、上ってくる軽装のDscf6348男性。「これからピークですか」と問うと、「そう」との返事。はじめて上るということなので、やがて、この先あたりから急坂になると伝えます。さらにその後にも、「これから」と言う軽装の男性。

♑ つづき:郡山 反時計回り ③

2024年1月 4日 (木)

郡山 反時計回り ①

2023年12月27日
天気:曇り
気温:12.6~24.7℃
湿度:29~33%
風速:0.5~0.9m/s(三次)

安芸高田市役所前バス停10:34ー歴史民俗博物館10:49ー隆元墓所分岐11:03ー毛利家紋展望台11:19ー展望スポット11:47~12:05(昼食18分間)ー郡山ピーク12:15ー歴史民俗博物館12:51ー安芸高田市役所前バス停13:08

 前回12月13日、安楽ルートと思っていた郡山時計回り。確かに快適には違いなかったが、復路で、予定しとったコースを踏み外してしDscf6347もうたんじゃ。よし、近いうちにとは思うとったが、調整してみたところ日程的に今日、リベンジということに。そこで今回は、郡山城パンフの画像などをプリントしてルートを詳細にチェックします。

 城山めぐりではないので、余分なルートはこそげて、山歩きコースに専念する総距離4.22㎞。かなり短いけど、ま、真冬の県北部コースじゃけぇ、これでエかろ。広島バスセンター8番乗り場から、8時50分発のバスで出発。安芸高田市に入って両側に見える山稜などは、青々としていて、事前のチェックどおり積雪はなさそう。

 クリスタルアージョで所要を済ませて、足を踏み出したのは、10時34分。道なりにまっすぐ北北西へ進んで、歴史民俗資料館。今日もここに寄っとるヒマはないのぉと思いつつ、その左のユル坂を上ります。すぐそばにある杖置場から、一本拝借。今日は、迷うことなく返せるじゃろ。やがて、右への分岐。この前は復路で杖置場を探して、これを上りかけたんじゃ。

♑ つづき:郡山 反時計回り ②

2023年12月28日 (木)

郡山 時計回り ④

 それをかわして、右の道を進んでみます。そしてようやく、見覚えのある気がする道に。確か往路じゃったはず。終わりじゃに、杖の置きDscf6270場が見当たらんの。もっと、上じゃったかの。そう思いつつ、上ってみます。すると、ずっと前上方を横切るのは、あの城山ガール。声をかけるのには遠すぎる。元就の火葬場跡とやらの方向じゃの。

 そんなことを思いながら、やや急になった右の坂を上りかけます。すると、家の前で何やら作業していた女性。それを終えて家に入らむとするところに、声をかけて、杖の置き場所をたずねててみます。すると、歴史民俗博物館の手前にあるとのこと。彼女からの「今日は、天気が良くてよかったね」の声かけに応じて、しばし、ふれあい。

 丁寧にお礼を述べて、足を切り返します。その後も結局、城山ガールには出会わなんだの。それでも、目当ての杖置き場には、何とかたどDscf6272り着くことができて、きちんと返却。そこから途中、ローソンでエネルギー補給飲料を購入しつつ、安芸高田市役所前バス停に戻ったのは、13時08分。ちょっと、12時42分のバスには、やっぱり間に合わんかったの。

 復路がちょっと分かりにくかったからか、遅うなってしもうたで。当初の計画どおり、13時42分の便に乗ることにしよ。30分余りの余裕。クリスタルアージョとやらのロビーで、ゆったりとハイキングバージョンを解除して、山歩きデータの書き出しをはじめます。近いうちにコースを確かめて、反時計まわりで歩いてみるかの。

♏ :(了)

2023年12月27日 (水)

郡山 時計回り ③

 すぐそばというわけじゃなかったの。少し足を延ばしたところに、尾根の切れ落ち。そこからが開けとるんじゃ。据えられていた切り株Dscf6256に座って、昼メシ。11時45分。気温14.8℃、湿度35%じゃけど、風は穏やかで日が差しているので、心地よし。吉田の町並みを眺めながら、オムスビとユデ卵を食べます。最後の赤飯ムスビをかじっていると、あの平スズの音が聞こえてきました。

 おっ、さっきのヒトが来るんかの。そう思うとったら、何と現れたのは、若い女性。あいさつを交わして、この郡山に来たわけを話します。すると彼女、岐阜から城山めぐりに来とるとのこと。どうも、元就好きらしく、この山にも何度か来たことがあるらしい。この前歩いた、本郷の高山、新高山のことなど、城山ダンギに花が咲きます。

 彼女も、こんなオヤジ相手に、いろんな受け答え。延々続きそうな話を切り上げて、下山にかかります。たずねてみると、彼女はこDscf6261ちらが上ってきたルートを下りるらしい。じゃが、そんな他者の存在に惑わされて、昼食の終了時刻をチェックするのを、忘れてしもうた。さて、そういえば途中、下山道へのバイパスルートがあったの。

 それを見つけて、たどります。しばし、後追いしてきた平スズの音は、それからしばらくすると、聞こえんように。下山ルートに合流すると、さほど急とは言えませんが、折り返しの階段道が続きます。しばらく下りていくと、東へ向かう尾根すじ分岐。確かに、ルート図では東へ進んで引き返すことになっとるんじゃが…。

 ちょっと早いような感じ。ちょっとだけ行きかけましたが、ルート外れかもしれん。そう判断。下山ルートに戻って進んでいくと、もうDscf6265ひとつの展望スポット。乗り上げてみると、さっきの眺めを低うしたような感じ。早々に切り上げて下りていきます。それにしても、東への分岐は、あれ以降なかったの。地形図では、そこに何があるんか分からんのじゃ。

 やがて、毛利の家紋の幕を掲げた展望台。これが、バスから見えたヤツじゃの。そう思いつつ、上ってみます。じゃが、家紋幕のネットがあって、展望を妨げとるで。早々に下りていくと、公園のようなところ。郡山公園か。これを西へ行くと、トイレと休憩所。これで行き止まりかと、東へ引き返して、下りむとしますが、どうも、地図のルートとは違う。

 そう、思い直して、さっきの休憩所の向こうまで行ってみます。すると、下り道を発見。こっちじゃろと、下りていくとやがて、神社にDscf6267たどり着きました。清神社とのこと。上ったときにも、神社のようなものがあったような気がするけど、石段を下りてみると、ちょっと様子が違うで。鳥居を潜ると、上ってきて左に折れる高校生の群れ。

♏ つづき:郡山 時計回り ④

2023年12月26日 (火)

郡山 時計回り ②

 そんなことをバスに揺られて考えながら、やがて到着した安芸高田市役所前バス停で降車。何やら見なれぬ「クリスタルアルージョ」Dscf6245とかいうカタカナ名の建物で所要を済ませて、足を踏み出します。交差点を渡って、右に郵便局。左に大きな商業施設を見ながら、歴史民俗博物館とやらの手前を折れて、山の方へと向かいます。

 するとまもなく、貸し杖置き場。上る標高はいくらもないから、いらんかもしれんけど、このところ杖づいとるので、一応借りておきます。ま、ないよりあった方が歩きやすいことは、確か。しかもこの杖、腰くらいの高さじゃけど、竹を組んで巻いた、しゃれたつくり。大事に使わせてもらおう。ずっと、広い道が続きます。

 それでもやがて、若干勾配が増してはくるものの、丸太階段のある参道。途中左へ折れる分岐があったけど、左の尾根へ通じているようDscf6246。これは違うじゃろぉ。そう判断して、尾根すじを右へと進みます。「本丸へ」の案内標示があるから、やっぱりこっちじゃの。先に、結構な高みが見えます。あれが、郡山かの。

 これまでずっと、安楽道じゃったが、さすがに大詰めの山頂上りは、結構急な荒れ小道。それを乗り上げて、二の丸。さらに本丸。郡山402mの山頂標示をチェック。「ひろしま北里山キングパート 3」とあります。「パート 3」とは、何のことかの。いずれそのうち、この暗号を解き明かしてみたい。これは後から、写真をチェックしたことなんじゃ…。

 それにしても、ここは林の中で薄暗い。木々の間から、下界の様子はチラチラ見えはするけど、どうなっとるんやら、サッパリ分からんDscf6249の。はて、どこで昼メシにするか。ま、ムリして、このあたりで食べんでも。この近くに展望箇所があるとか、ネット情報にはあったで。それを探すことにせむ。そんなことを思っていると、何やらさっきから、平スズの音。

 おっ、誰か近づいてくるで。そのヒトに聞いてみるか。じゃがなかなか、その姿が見えんの。そう思いつつ、東へ下りていくと、道はちょっと危なそうな感じ。尾根すじにルートのようなものは続いとるけど、こっちは違うの。そう自らを引き止めて、下山ルートを確認しながら下りていると、スズの音が、より大きく聞こえてきました。

 どうも、上の方。見上げると、何やら、オバさんのように見えるハイカーが本丸あたりを歩いているよう。もはや、結構な距離感。ま、Dscf6255エエわい。下りとりゃぁ、何とかなろう。そう思って、標示をチェックしながら進んでいくと、確か、「展望箇所」?の案内。「こっちか」と、その尾根すじをたどって行きます。

♏ つづき:郡山 時計回り ③

2023年12月25日 (月)

郡山 時計回り ①

2023年12月13日
天気:晴れ
気温:14.6~26.7℃
湿度:28~40%
風速:0.8~1.3m/s(三次)

安芸高田市役所前バス停10:27-歴史民俗博物館10:44-郡山11:31-展望スポット11:45~(昼食?分)ー毛利家紋展望台12:28-歴史民俗博物館12:56-安芸高田市役所前バス停13:08

 何とかテンポを回復させて前回、広島南アルプスショートコース逆縦走を済ませることができた。さぁ、1月下旬までのしばしの間、こDscf6235の呪縛から解放されるぞ。そんな思いで安楽コース、総距離4.84㎞の未踏、郡山に挑戦することに。この山、「宿敵」とおぼしき、毛利元就の城山。わが大三島武田と、果たして関係があるのかどうかは知らんが…。

 とにかく、承久の乱以来治めてきた守護、安芸武田氏を、大内と共謀して打ち倒したんじゃ。この前、息子の小早川隆景の城ふたつに攻め入ったから、今度はその親の元就の城じゃ。覚悟せぇよ。さて、安芸高田市に入るのは初めて。何やら市長と議会がモメとるというニュースは聞いたことがある。興味津々じゃの。

 ま、調べてみると、神ノ倉山とか境界あたりにある山には、行ったことがありました。交通手段としては、広島バスセンターから安芸高田市役所前までの便があるとのこと。地図をチェックしてみると、芸備線吉田口駅からは、ひと山あるで。安芸高田市は、このあたりの町村が合併してできたんじゃろうが、何で、この吉田に市役所があるんじゃろ。

♏ つづき:郡山 時計回り ②

2022年8月19日 (金)

八幡原尾崎湿原 ②

 ドリンクを飲み、ちょっと気分を引き立てて、さあ、行くぞ。広島バスセンター10時00分じゃけぇ、ゆったり出発。やがて到着したDscf1892八幡原バス停から足を踏み出したのは、11時42分。県道を北上しながら今日は、道路標識をチェック。ひとつ上の交差点から入ります。こっちも県道じゃが、クルマの通りは少ない、歩きやすいルート。

 しばらく進むと、左上に寺。時刻は、12時10分。よし、ここで昼メシとしよう。階段に腰かけて、オムスビとユデ卵を食べます。善龍寺とか。さてと、温湿計をチェックするのを忘れましたが、それは後から気がついたこと。もはや、いかんともしがたい。歩いていくと、学校のような建物の手前に、湿原への案内標示。じゃがここは、計画ルートと違うのでスルー。

 そして、柴木川を越えた次の交差点に、ポイントの八幡郵便局。これを北へと進みます。両側は水田。やがて道は、左へと山沿いに折Dscf1896れて行きます。すると、「古代八幡湖遠望地」の説明板。湖ができたのは洪積世とのことじゃが、洪積世とは200万~1万年あまり前という長い期間らしいから、ぼんやりしとるの。

 さてと、そこからまもなくすると、湿原の入口。「熊注意!」の看板あり。ここから草道に。左手に水量の少ない沼が広がります。クマザサの間を縫って歩くと、ところどころ木道。カキツバタなどがポツポツ。グルっと一周して、木橋を渡ると、堰き止め堤。その上を東へ渡ると、起点に戻ります。雲の合間から、時おり日差し。

 やがて、八幡郵便局を左手にチェックして、今度は南へ進みます。ちょっとした峠を上って下りたところで、霧ヶ谷湿原ルートに合流Dscf1905 。14時17分。よし、ここからは勝手知ったる道。気分はゆったりと、周囲の景色を楽しみながら行きたいけど、復路は長く感じるもの。そして、ようやく県道にたどりつきます。

 ここからは450mなんじゃが、結構歩くの。八幡原バス停にたどり着いたのは、14時49分。帰りのバスは、15時27分発じゃけぇ、余裕たっぷり。じゃが、多少脱水気味なんか、山歩きデータを書き出す気力なし。バスに乗ってからも、車窓の風景を眺めながら過ごします。ま、今回も、湿原コースの下見なんじゃ。

♉:(了)

2022年8月18日 (木)

八幡原尾崎湿原 ①

2022年7月6日
天気:曇りときどき晴れ
気温:25.9~31.1℃
湿度:48~57%
風速:0.6~2.0m/s(加計)

八幡原バス停11:42-善龍寺階段12:10~12:26(昼食16分間)-八幡郵便局12:47-尾崎湿原13:07~13:41(散策34分間)-八幡郵便局14:01-霧ヶ谷湿原道合流14:17-八幡原バス停14:49

 これまでの半年間、若干雨の日もありましたが、何とか工夫してすべて歩ききった34日間。さてと、後半戦初っ端の7月6日は、週間Dscf1890天気予報では雨。じゃが、間近に迫ると、広島市は午後しばらくして降るとのこと。そこで、当初月間計画では、冬に夫婦ハイカーが遭難した十方山にしとったんじゃが、駄荷バス停から往復17㎞。

 その内7㎞は平地とはいえ、この灼熱の日中、広島南アルプス縦走コース並みのコースを歩くのは、ちょっと難しいかも。これは、秋じゃの。そこで、ショートコースの廿日市の折敷畑山にするかなどと、いろいろ検討してみます。その挙句、おっ、そういうたら、八幡原湿原の尾崎沼を探索するというテーマがあったんじゃ。それを思い出します。

 出発の直前あたりまで逡巡しましたが、天気と体調、そして課題意識を重ね合わせて、結局、この尾関湿原に挑戦することにしました。しかれども、まったくの安楽コースということでもなく、この前の霧ヶ谷湿原行より1kmは長い。バスの往復便の間隔は前回同様、3時間49分しかないんじゃ。念のため、最終手段のタクシーの電話番号もチェックしておきます。

♉ つづき:八幡原尾崎湿原 ②

2022年7月28日 (木)

八幡原霧ヶ谷湿原 ④

 曲がり角に、「千町原」の標柱。このあたりのことじゃったんか。見通しの良い風景が広がっとるの。そんなことを思いながら歩いDscf1665 ていると、前から来たクルマが止まって、すぐそばにある、白い花の咲いている木の名前をたずねられました。そう言えばさっき、霧ヶ谷湿原にあった説明板で紹介されとったんじゃが、その名前は覚えとらんの。

 じゃが、「知らん!」と突き放したりせず。説明板のことを伝えます。後から写真をチェックしてみると、「カンボク(肝木)」というらしい。そして、見覚えのある駐車場。少し先には、最初の遊歩道入口。しばらく進んで行くと、臥龍山登山口。14時03分。計画より14分早いの。ゆったり行こう。次のカキツバタ園には、数人の観光客。

 もう一度、地元ニュース掲示板をチェックして、帰途を進みます。今日のコースは、美しくて、何か心安らぐの。「幹線」道路に出Dscf1682てしばし、八幡原バス停に着いたのは、14時36分。何と計画より32分、バスの出発時刻より51分早かったか。これなら、霧ヶ谷湿原でもう少しゆっくりできるの。今度来るときは、そうしよ。

♑ :(了)

≪追伸≫
 「ケンモホロロ」という言葉。もともとどういう意味なんじゃろうか。『広辞苑』には、(「けん」も「ほろろ」もキジの鳴き声。それを「けんどん(慳貪)」を掛けたものか]不愛想に人の相談などを拒絶するさま。とりつくすべもないさま、とありました。じゃが、キジの鳴き声が、なぜ慳貪に掛けられることになるのかが分からん。

 ネットをチェックしてみると、これは「根末否认了 gēn fǒurèn le ケンモフォウレンラ」(始めから終わりまで認めなかった)という漢語がもとになっているのではという説を見つけました。なるほど、これなら音も意味も似ています。但し、セブンイレブンの中国語老师にたずねてみたところ、「根末」がすぐに通じませんでした。