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2013年5月23日 (木)

御床神社あたりまでは何とか無事通過

宮島西コーストを陸路 岩船岳へ

 途中で海岸から上るいくつかの急坂を確認しながら、自然植物実験所にImgp9932_edited到着。ここで沿岸の道路は終り。ここからも海岸に向けてまっすぐ道路が続いています。その先はどうなっているのか、興味はありますが、今回はそこまでチェックする余裕がありません。

 さらに西へ進むと、山道がはじまります。すぐに南の山側へ向かう自然散策道への分岐。そこは室浜砲台方面へ進みます。宮島の砲台の跡地で唯一見かけた案内表示。1898年日露戦争のときに造られたもので、やはり実戦には使われなかったそうです。他の砲台もその可能性があります。

 砲台跡のすぐそばに、前方への分岐。藪の少ない明るくなっている南側を進Imgp9936_editedみます。ところが、その後すぐにまた分岐です。道は斜面に突き当たって、山側と海側に分かれています。どちらにも案内テープ。海側を選んで進みます。

 海側の斜面をトラバースして、谷へと下りて行きました。そして、また分岐。今度は山側を進み、尾根を越えます。そして下りてみると、見覚えのある茅屋の谷。前回、この時点では「浜から上がってみて、ここが実験所でなかったら海路歩き」と決めていましたから、ここまでの陸道には目が向かなかったようです。

 そして、そこからは、小川を渡るとすぐに例の二重尾根越えの道。前回はここでImgp9941_edited下りて、浜をグルッと回って、茅屋の道へと入っていたことが分かりました。やや急勾配な道を思い出しながら進んで行くと、これも見覚えのある、多々良・青海苔浦(岩船岳、御床山)・御床浦の分岐にさしかかります。

 「間違えて、御床山には上らんようにせにゃ」と思いつつ、南西へと歩を進めます。ところがそこは広い林なので、小川を渡ってから、テープが見たらなくなります。空間が開いているところを探しながら、少し北へ向かうと何とか案内を探し出すことができました。ところが、それからも、勘が必要なところがいくつか。

 テープを頼りに森を進んでいると、囲い地の壊れかけた門扉。そこに「下谷浦(Imgp9952_edited御床山・岩船岳)+大川浦+御床神社」という分岐表示がありました。一旦、御床神社方面をめざしてみます。ところが、行き着いた先はもちろん神社ですが、海岸線、しかも山が張り出した地形。バックしなければ。

 張り出した反対側からも戻れそうな感じでしたが、道がしっかりしていないようだったので、先ほどの分岐表示まで引き返します。そして、今度は、右方向にあるテープを頼りに進んでみます。さらに小川を越えていくと、何とか進むことができそう。

つづき:長浦をめざしていたのに御床山へ上ってしまう

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