海岸歩きに難儀しながらも楽しさを見いだす
宮島時計回り一周ハイキング
歩き回った割には、ほとんど進んでいないことが歴然としました。おそらくここは長浦の北側。しばし浜を歩いて、北側の山の手前にある森に入ってみることにします。ここが鞍部の道かもと思いましたが、導入部だけ広い道、やがてすぐに藪になってしまいます。
もはやこれまで。仕方ない、ここまで貫いてきた「陸の道歩き」を断念することに。ちょうど潮が引いているので、海岸歩きに変更することにします。もちろん干満の時刻など、事前に検討していないので、とにかく行けるところまでいくことにします。
なぜか相棒は大喜び。薄暗い森を歩くより良いか。それにしても、須屋浦の出っ張りを通る大回りルート。まったく想定外のことになってしまいましたが、他に方法がない。それでも、この岬を回って、隙あらば陸ルートに戻ることを考えながら進むことにします。神社を見つけて位置を確認。
あるサイトには、陸の道と比べると、海岸は「高速道路並に早く歩ける」と賛美していました。ところが、浜によっては、荒い砂に足がめり込んだり、小川が流れている湿地があったり、山が迫っているところは岩礁になっていてたりと、それほど安楽なルートとは言えません。
そうはいっても、どこにたどり着くのかはっきりしない山道をたどって、果てしなく林を彷徨うのも考えもの。そこで、舗装道路のはじまる広大自然植物実験所を目途に海岸を歩くことにします。ところが、その実験所、海から見つけるのは難しい。延々と歩いても歩いても、なかなか見つかりません。
ここかもしれないと思って入った林。入っていくと、あったのは「多々良へ」の案内表示。そこから、しばらく進むと急坂の山道です。上って下りると、また急坂。これなら、海岸ルートの方がまだましかと思いますが、そこからは湿地になっていて、それ以上海側には戻れない状況。
仕方なく、もうひとつ丘を上って下ります。すると電線が見えたので、「ひょっとしたら、下りたところが実験所かも」と思って歩きますが、その甘い期待は、見事に裏切られ、失念。今度こそ海岸ルートへと戻ります。そしてまた、しばらく歩いていると、林の中に建物のようなものが見えます。これかもしれないと、懲りずに陸に上がってみます。
またもや残念なことに、その大きな建物は、実験所ではなく荒れ果てた廃屋でした。中に家具のようなものが散乱していますから、人の住居も兼ねていたのかもしれません。ここに住んでいた人は、陸路ではなく、舟で行き来していたのに違いないと、相棒と想像します。いずれにしても、また海ルートに逆戻り。
再び難儀ししつつも、海岸を楽しみながら歩きます。ときおり作業する漁民の姿を見かけたり、磯では海綿のような生き物らしきもの、潮溜まりに小さな魚やエビを発見したり、湿った浜ではニイナという小さな長い巻貝が一面に散らばっていました。子どものときに食べたことがあるという話を相棒にします。
「ふ~ん」といった返事を聞き流して、しばらく歩いていましたが、「やっぱり、今ここで採取しなかったら、相棒が今後口にすることなどないかもしれない」と思い直して、いっしょに拾うことにします。まだ潮は引き続けているようですが、日没時刻は、確実に少しずつ迫っているにもかかわらず。
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